世代間ギャップ

  • 2009.01.26 Monday
  • 14:01


↑これは、うちのコタツのスイッチなのだが、
どこからどう見ても、コタツはONの状態だ。
だが娘には、これが理解できない。
「おかあさん、『入』ってのは、ついてるって意味だよね」と
しょっちゅう確認する。

なぜ、そんなことが起きるかというと、
パソコンの音楽ソフトなどを開くと、
PLAYを意味する右側のとがった三角マークが表示されて、
それをクリックすると曲が始まる。
音楽を聴いている間中、STOPを意味する四角マークが表示されていて、
止めたい時は、それを押す。

要するにONの時にはSTOPの表示で、
ONの時に「入」になるコタツのスイッチとは逆。
だから、これに馴れてしまったパソコン世代は、
日本的「入」と「切」の切り替えに混乱してしまうらしい。

次に、娘にできて、私にできないこと。
それはお菓子のパッケージを正しく開けること。
コンビニで買ってきたようなチョコレートやクッキーには
たいがい「ここから開けなさい」という意味で、
ちっちゃなフラップやミシン目が入っている。
しかし老眼のオバサンには、そんなものは見えない。
箱の横からベリベリとはがして、娘たちの顰蹙を買う。

カップ麺の包装用フィルムも、
ちゃんと裏にフラップがついているが、
ちまちま爪の先ではがしていると、
なかなか取れずに苛立ってくる。
で、毎度、先のとがった包丁を持ち出して、
プスンと穴を開けて、ひっぱがすことになる。

ピザソースのふたもそう。
ちっちゃなミシン目が入っているらしいのだが、
それを探すのが面倒で、
これはもう力まかせに、ふたをねじ切る。

CDのパッケージなんて、腹立たしいもいいとこ。
今どき若い子はCDなんか買わないんだろうから、
老眼用に、すぐ開けられるようにしてもらいたい。
なんどケースごと割ってしまいたい衝動に駆られたことか。

われながら乱暴なこととは思えども、
食べ物関係は、今すぐ開けて、今すぐ食べたい、
CDは今すぐ聴きたいというモードに入ってしまうので、
開け口を探すなどというシチ面倒くさいことはできないのだ。

でも娘いわく。
「お菓子の箱を横から開ける方が、よっぽど面倒だと思うけど」
ごもっとも。

いつだったか酒の席で「大河ドラマといえば」という話になり、
「なんてったって、太閤記よねえ。緒形拳が豊臣秀吉をやったやつ」
「高橋幸治の織田信長が、はまり役でね」
「あと赤穂浪士。チャッチャーン、チャ、チャラララ、チャッチャーン」と、
テーマ曲まで口ずさんで盛り上がっていたら、
お友達だと思っていた某氏が「それ知らない」と言い出してビックリ。
長谷川一夫の「おのおのがた」という、くぐもった声の台詞は知っているのに、
なんとドラマ自体を知らないのだ。
お友達との間でさえ、世代間ギャップがあろうとは。

ネットで調べてみたら「赤穂浪士」は、私が10歳の時の放送。
その次が「太閤記」で、次が「義経」。なつかしー。
「義経」は放送後、主演の尾上菊之助と、静御前役の藤純子が結婚したそうな。
大河ドラマって、子供の頃の方が、一生懸命、見てたような気がする。
ほかに娯楽がなかっただけか・・・。

痛恨の免許証失効

  • 2009.01.10 Saturday
  • 14:32
ことは市役所の窓口で始まりました。
住民票の受け取りで、身分証明書を求められ、
私は当然のごとく運転免許証を差し出したのです。

でも窓口の人いわく「期限の有効なものをお願いします」
「何を言っているのか」と首を傾げて、免許証を見たところ、
有効期限が半年以上前。
一瞬、何かの間違いだろうと思ったが、ここしばらく更新した記憶がない。

だいたい私は普段、運転をしない。
地方に取材に行く時に、不便な場所が多いので、レンタカーを借りるだけ。
ここしばらくレンタカーを借りなかったので、失効に気付かなかったらしい。
でも取材には、どうしても車が必要なことがあるし、免許がないと困る。

つらつら思い返すと、
ちょうど更新の時期に、原稿の締め切りがダンゴ状態で、
ものすごい勢いで、小説を書いていた。
私、集中力は自慢できるのだが、その分、頭の中に1項目ずつしか入らない。
原稿のおかげで、免許更新が頭から抜けてしまったのだ。
そういえば通知の葉書も見た記憶がないではない。

失効から半年以上過ぎてしまっていたので、結局、もういちど取り直しに。
ノコノコと府中の試験場に行ったところ、とりあえず仮免許証はもらえて、
まずは学科の受験から。

私が運転免許証を取った大昔は、学科なんて常識問題だったが、
最近の学科試験は難しい。うちの娘なんか2回も落ちた。
その娘から、アホー扱いされると困るので、
問題集を3冊も買って、数十年ぶりに猛勉強。

ふだんは歴史関係の本を読んで、興味のあるところだけ拾って
そこを広げるという頭の使い方しかしていないので、
覚えたくないものを覚えるのは、なみならぬ苦痛。
特に数字バカなので、数字関係が記憶できない。
バイクの積荷の大きさの限度なんて、許してー。

すべての原稿をストップして、2日間かけてみっちり勉強した結果、
みごと一発合格。努力は実る。でも落ちた人、大勢いたのです。

で、次は実地試験へ。
実は私こう見えても、大学時代、自動車部でラリーなんかやっていた。
アメリカでも札幌でも毎日、車に乗っていた。雪道もオッケー。
でも、ここ10年以上はペーパードライバー状態。
そのため縦列駐車が不安で、わざわざ自動車学校に行った。

ネットで調べたら、私みたいなウカツ者相手に、
商売している自動車学校が、ちゃんとあって、
路上3時間、コース1時間半の講習を1日でこなし、
日を改めて、ふたたび府中の試験場へ。

でも、ここからが難関だった。
自動車学校に行ったにもかかわらず、
その後、私は2度も路上で落ちたのだ。

1度目に落ちた理由は、
目の前の信号が青になった時、左右確認しないで発進したから。
そ、そ、そんなー。信号が青になったら、そのまま前に進むでしょう?

2度目は、発進する時に、後方をバックミラーでしか確認しなかったから。
後ろを振り返って見ないと駄目なんですと。
オバサンはね、からだが硬くて、後ろを振り返るの大変なのよ。

どっちも今回、自動車学校の3時間の路上講習で、注意された記憶はない。
なんのための講習だったんだー!
もう涙目でありました。

で、3度目に挑戦。
これで駄目だったら、どうしようという暗い思いと、
これで駄目なら、何度でもやればいいじゃんという投げやりな思いが交差。
でも3度目の正直とは、よく言ったもんです。
なんでも3回くらい繰り返せば、馴れるものなのでしょう。

路上合格後、試験場のコースへ。
コースは恐れていた縦列駐車ではなく、
方向変換(車庫入れ)で、これは大得意。
チャチャッと真ん中に停めて、一発オッケー。

でも、それで終わるわけではなく、
日を改めて、取得時講習というのを指定の教習所に受けに行った。

朝10時から3時までは、教官を含めて4人でディスカッション。
私以外の2人は免許取り消しで、片方の男性は酒気帯び。
今どき酒気帯び運転なんかする危険人物がいるのかとビックリ。

もうひとりはヤンママ風で、免許取って1年の間に、
スピード違反とか、いろいろやった揚げ句、追突事故を起こしたという。
さすがに、こういう人には、一生、免許証を与えない方が
世のため人のため本人のためではないかと思った。

でも、こういう人には、めったに会えないからなあと、
しみじみ人間観察。

ディスカッションの後、4時から夜の7時まで、
人形を使って人工呼吸と心臓マッサージのお稽古。
まるまる1日仕事でありました。

そして翌日、また府中の試験場におもむき、ようやく免許証の申請。
試験場や教習所におもむくこと8回。それで晴れて免許証を入手。
かくして涙の苦労悲話完結。

ホントに、こんなにビクビク緊張したのは、何十年ぶりでありましょうか。
お金もかかりました。
自動車学校の費用だけでなく、毎回の受験料、取得時講習の費用、
そのうえ遅刻しそうになって、試験場まで乗ったタクシー代。

いつかこの感情を、小説のどこかに書いてやるううう!
それに人工呼吸と心臓マッサージね、
時代小説でチャンバラを書く時に、秘伝の蘇生術とかいって使えそう。
転んでも、ただじゃ起きないぞ!

だけど免許証は、緑色のライン入りになってしまった。
若葉マークもつけねばならぬ。
でも、みどりはマイ・カラーだから、まあ、いいか。

やきいも

  • 2008.12.18 Thursday
  • 13:30
忘年会の後、いい気分で帰宅途中、駅の構内でホームレスのおじいさんと遭遇。
たたんだ段ボール箱を、座布団代わりにして、地べたに座っていた。
「今、何時?」と聞かれたので、時間を教えてあげた。
寒そうだなあとホトケ心がわいた時、目の前にやきいも屋さんが。
焼き立てのほかほかを1本買って、おじいさんのところに戻り、
「やきいも、食べません?」と、袋ごと差し出した。
すると、いわく。
「私は糖尿病で、甘いもの駄目なのよ」
あらま。
ホームレスと糖尿病とは、なんと存外な取り合わせ。
それによく見ると、おじいさんではなく、おばあさん。
私は、ほかほかのやきいもを小脇に抱えて、家路についたのでありました。

ケガレという意識

  • 2007.07.09 Monday
  • 04:07
久留米大学の講演で
私が「出産はケガレという意識があった」と簡単に話したら、
何人かの学生さんの感想文に
「出産が汚れていると考えられていたのは悲しい」というような意見があって、
これは説明不足だったかなと、ちょっと反省。

同じような話で、前回のブログに、友人が書き込みをしてくれた。
瀬戸内海の塩飽諸島では「神さまが嫌う」といって、
産前産後や生理中の女性たちは、特別な建物で過ごし、
そういう産屋が壊されずに残っている島もあるという。
塩飽諸島は船乗りの島であり、航海には危険がつきものなので、
特に縁起には、こだわりがあったのだろう。

船乗りは妻の出産時期には、船に乗れなかったという話も聞いたことがある。
これもケガレという理由なのだが、
要するに男の育児休暇ではないかなと、私は考えている。

宮仕えの女性は、やはりケガレの意識から、
生理中に仕事に出ることを禁じられたが、
これも生理休暇だったのだろうと思う。

学生さんの感想文に、
「昔は今のような生理用品がなかっただろうけれど、どう処理していたのだろう」
という質問もあった。

この件については、私も興味があり、
以前、けっこう調べたのだが、確実なことはわからなかった。
どうしても記録に残りにくい話なので。

ただ今のように手軽でなかったことは確かだし、
すたすた歩きまわることさえ難しかったかもしれない。
だからこそ生理休暇が必要だったのだと思う。

昔は仕事を休むなんて、とんでもないことだったから、
それなりの理由づけが必要だったのだろう。
そのために「神さまが嫌う」とか「ケガレ」とかいう言葉を使ったのかもしれない。

もちろん昔の育児休暇中に、男が育児を手伝ったかどうかは別問題ではあるけれど、
でも少なくとも妻の出産時期くらいは、家にいてやりたいと思うのが人情だろう。

ずいぶん前にテレビで放送していたことだが、
どこかの地方で、数年に一度、村の中に神さまが通る道筋があり、
そこに面した家々は、植木の手入れや水まわりをいじってはいけないと信じられ、
その時期は、公共の水道工事ができなくて困るのだという。

これも面白いと思った。
私のようなずぼら人間は、植木の手入れや水まわりの修理など、
面倒がって、先延ばしにしがちだが、
来年は神さまが通る年にあたるからと言われれば、
その前にすましておこうという気になる。
この迷信は、面倒を先送りにしないための、きっかけなのだと思う。

昔の迷信というのは、意外に合理的にできていたりするものだ。
出産や月のものの「ケガレ」という意識も、
単純に「汚れている」という意味とは、ちょっとちがうような気がする。
これは、あくまでも私の個人的見解ではあるけれど。

金魚を飼う

  • 2007.06.19 Tuesday
  • 10:05
子供たちが幼い頃、金魚は私にとって面倒以外の何ものでもなかった。
夏祭りの夜店で、子供はかならず金魚すくいをやりたがる。
すくえるはずもなく、ひとり一匹ずつ、小さな和金をもらって帰る。
以降、子供たちが興味を持つのは餌やりだけで、
水換えは私の仕事。くっさい水を捨てて、ドロドロの水槽を洗うのは私。
金魚が死んだ時に、子供たちにはお墓に埋めたと言いつつ、
こっそり捨てるのも、私の仕事。あー、面倒。

どうせひと夏もてばいいやという感覚だったが、
ある時、仲間が次々と死んでいく中(なんだか戦争描写みたい)で、
強靭に生き続ける金魚がいた。

最近、子供ふたりを置き去りにして遊び呆けてたヤンママが逮捕され、
子供が餓死してもいいと思ったと供述したそうだが、
私の対金魚感情は、あのヤンママ並みであった。
反省。

ともあれ水換えもしない最悪の環境下、金魚は元気で生きていた。
そのけなげさは、怠惰な主婦の心までをも動かした。
しかたなく水を換え、金魚藻やエアーポンプを装備して、
環境改善に努めたところ、その金魚は驚異的に長生きした。

途中で、赤い色が抜け、白っぽい魚になってしまい、
実は金魚じゃなかったんじゃないかとまで疑われたが、
その金魚は、我が家が札幌から東京に引っ越すまで生きていた。
さすがに飛行機に乗せるわけにもいかず、知り合いに引き取ってもらった。

以来、いつかまた金魚を飼いたいなあと、密かに夢見ていた。
それもちょっとこだわりがあって、平鉢で飼いたかった。
私の頭の中のイメージとしては、夏の暑い盛り、浴衣姿の江戸小町が、
ぬれ縁に瀬戸物の平鉢を置いて、水を張り、金魚藻を散らして、金魚を飼い、
それを団扇片手に眺めるという風情。

でも金魚が飼えるような大きな瀬戸物の平鉢は、えらく高い。
それであきらめていたのだが、
最近、300円ショップで、平たいガラス鉢(写真)を見つけた。
おお、瀬戸物ではないが、むしろ、こっちの方が涼しげでよいとばかり、
即刻、購入。その日のうちに水を張っておき、翌日ペットショップへ。


最近はデパートの屋上のペットショップには、犬猫はいても金魚はいない。
で、町外れのペットショップにまで足を運んだら、
爬虫類まで扱っている店で、爬虫類オタク風のお兄さんが、えらく愛想のない接客で、
私が選んだ流金2匹を、水と一緒にビニール袋に入れてくれた。
エアーポンプ、藻、餌なども一式買って、包んでもらい、
会計をせんばかりになって、彼が言った。
「エアーポンプの管、要ります?」
私の買ったエアーポンプは本体だけで、管がついてないんだそうだ。
要らない訳ないじゃんと、こめかみピクピク状態だったが、
まあ、聞いてくれただけでもありがたいと思わねばなるまい。

わくわくしながら帰宅し、流金2匹をガラスの平鉢に放ち、
ああ、江戸の風流よと喜んでいたら、喜んでいたのは私だけで、
流金にはえらく迷惑だったらしい。あまり動かないのだ。
環境の激変に驚いているのだろうと、様子を見ることにしたが、
気になって、しょっちゅう平鉢をのぞく。
死んじゃわないかと、ハラハラどきどき、あー、心配。
以前のヤンママ並み無責任とは雲泥の差。

だが翌日、片方が昇天。ああ、悪かった。やっぱり浅過ぎたんだと反省し、
取り急ぎ、2リットル入りのペットボトルを半分に切って、
下半分を金魚鉢代わりにし、生き残った1匹を移動させた。

娘いわく、
「流金なんか買うからだよ。和金にしときゃよかったのに」
たしかに原種に近い方が、生命力が強いに決まってる。
でもね、私は尻尾がひらひらしている流金を、
平鉢に入れて、上から見たかったのよ。

またまた300円ショップに突っ走り、
こんどはいちばん大きな丸形ガラス鉢を購入。
ひとまわり小さいやつはシンプルで、表面がつるんとしてるが、
いちばん大きいのは、どういうわけか、表面に段々の模様がついている。
これでは金魚がよく見えない。
でも平鉢で懲りているだけに、金魚の住環境重視、見え方二の次。
自分でも極端に走ってるなあとは思いつつ、とにかく大きいのを買って帰宅。

それからひと月。
金魚は機嫌よく生きている(写真)。
近づくと、餌をくれるかと思って水面に浮上。
私と金魚のコミュニケーションは、
金魚「餌、おくれ」
私「はい、お食べ」
というだけの、いたってシンプルな関係だが、今のところうまくいっている。


あこがれの江戸風流からは、だいぶ離れてしまったが。
でも飼ってる本人が江戸小町じゃないんだから、
最初のイメージ設定からして、無理があったのだ。

ちなみにガラスの平鉢は、上の写真の通り、
水生植物の鉢に転用されている。涼しげで満足。
これもひと夏で枯れてくれるといいのだが、
変に丈夫だと、また面倒だなと、内心やや不安。

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