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    歴史に埋もれた海軍総裁

    • 2008.05.11 Sunday
    • 08:30


    新刊『群青』が明後日、5月13日に発売になる。
    その主人公、矢田堀景蔵(写真)について、取材した経緯などを書いておこうと思う。

    徳川家の海軍総裁までつとめた人物だが、ほとんど知られていない。
    幕府海軍というと勝海舟や榎本武揚が、あまりに有名だ。
    だが幕府崩壊時、勝は陸軍総裁、榎本は海軍の副総裁だった。
    彼らと同役ながら、なぜに矢田堀は、これほど歴史の中に埋もれてしまったのか。
    その謎が、この人物を調べ始めたきっかけだった。

    墓が早稲田鶴巻町の宗源寺に現存する。
    初めて墓参した時、香華を手向けて立ち上がり、ふと墓石の側面を見た。
    そこには「俗名 矢田堀鴻」と書いてあった。
    「鴻」が矢田堀景蔵の明治以降の名であることは、その時すでに知っていた。
    だが、その文字を見た時に、ひとつの故事成語が頭に浮かんだ。
    「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」
    なるほど、この言葉から一文字取って「鴻」と名乗ったのだなと、初めて気づいた。
    だが、その意味を考えてぎょっとし、すぐに帰宅して、改名の時期を調べた。
    それは明治5年。矢田堀が新政府に出仕した年だった。
    新政府に自分の志を理解されなかった苛立ちを、みずからの名前に込めたのだ。
    では、その志とは何なのか。謎がさらに深まった。

    明治元年から5年まで、沼津で新しい洋式兵学校開校に関わったことを知り、
    沼津に取材に行ったのが2000年。
    それ以前から調べていたのだから、矢田堀に関わり始めて、かれこれ10年になる。
    その時、沼津に行ってみて初めて、沼津市明治史料館という博物館を知った。
    さっそく訪れてみると、ここに矢田堀の唯一といっていい原史料が存在した。
    矢田堀が明治5年から1年間だけつけた日記と、自筆の家族書き、
    そして正七位の授章書。どれもご子孫が寄贈したものだという。

    そのご子孫を仮にK氏と呼ぼう。
    私は沼津市明治史料館で、K氏の連絡先を教えていただいて、会いに行った。
    いかにも旗本の末裔らしく、上品な物腰の方だったが、
    K氏の御父上、つまり矢田堀の孫に当たる方は、
    子供の頃から奉公に出されて苦労なさったという。
    矢田堀の子の代で、没落士族となっていたのだ。
    だがK氏の御父上は才覚のある人だったらしく、事業を興し、成功を収めた。
    ただ教育を受けられなかっただけに、
    海軍総裁の孫であることが、唯一の心のよりどころだったという。
    矢田堀の日記などの史料が、戦災で焼けずにすんだのは、
    空襲の際、御父上が何を差し置いても持って逃げたからだろうと、K氏は推測される。

    K氏が子供の頃、ご自宅には矢田堀景蔵の写真もあったが、戦災で失われたという。
    それから長い年月が経ち、K氏はたまたま沼津に出かけ、明治史料館の前を通った。
    何かご先祖に関わることでもあるかと、ふと立ちよってみたところ、
    消失したはずの写真と同じものが展示されていて驚愕したという。
    そこでK氏は、史料はご自身で持っているよりもと、明治史料館に寄贈されたのだ。

    史料の寄贈は偶然の結果だったが、私もたまたま沼津で明治史料館をみつけて訪れた。
    偶然が重なって、私は矢田堀の史料にたどり着いたのだ。
    何かに導かれるようで、少し気味が悪いくらいだが、
    歴史を調べている人は、だれでもときどき、こういう偶然を経験するようで、
    これを「史料に呼ばれる」と表現する。

    K氏の記憶によると、矢田堀の伝記も、ご自宅にあったという。
    子供心にも立派な本だったそうだが、
    いくら調べても、今までに矢田堀の伝記が出版された形跡はない。
    不当なまでに省みられない人物なのだ。
    K氏の記憶にある本は、おそらく『回天艦長甲賀源吾伝』のことではないかと思う。
    確かに金文字の立派な装丁で、その中の一章に、矢田堀の生涯が記されている。
    K氏のご自宅で消失したという写真も掲載されている。上の写真がそれだ。
    沼津市明治史料館では、そこから複写して展示していたのだった。

    海軍総裁だった人だけに、そのほか徳川実紀など、
    いろいろな資料に、ぽつりぽつりと名前が登場する。
    防衛研究所の方が、古い雑誌の記事をコピーしてくださったこともあった。
    意外なことに、河合継之助の日記に、矢田堀と会った時のことが、
    けっこう詳しく書かれている。平凡社東洋文庫に納められている日記だ。
    そういった長短さまざまな記録を、つなげ合わせていくうちに、
    矢田堀の生涯や人物像がおぼろげながら浮かんできた。

    私はそれをノンフィクションで発表しようと、1冊分に書き上げたこともある。
    でも、やはり小説でという思いから、400字×100枚ほどの小説に書き直して、
    歴史文学賞に応募した。それは3次選考まで残ったが、結果は敗退。
    翌年、別の題材で、ふたたび歴史文学賞に挑戦して受賞した。
    でも今になってみれば、あの時、中途半端な作品で受賞しなくて、よかったと思う。

    その後も、たまたま初めて出かけた洋学史研究会で、
    矢田堀の生涯を理解するための重要な情報を得たりと、
    なおも偶然は続き、史実が明らかになっていった。
    鴻鵠の志は何なのか、なぜ歴史に埋もれたか、私なりに理解できた。

    そして一昨年、文藝春秋の編集者から歴史小説の書き下ろし依頼をいただいた時、
    何でも好きな題材をと言われて、迷わず矢田堀を選んだ。
    だが、そこからがまた大変だった。
    今度は調べすぎて史実に足を取られ、小説にならないのだ。
    原稿を持っていっては書き直し、また書き直し。
    途中で担当者が変わったこともあって、もう本にできないのではと不安になった。
    でも矢田堀景蔵の評価を世に問いたいという一念で、『群青』を完成させた。
    100枚だった元の原稿を、600枚に仕上げるのに、1年半を要した。
    私としては格別の遅筆だ。でも、それだけの価値はあったと思う。

    苦労して書いたものが、小説として優れているかどうかは別問題で、
    筆がのって、ひと月で書き上げたものの方が、評判がよかったりもする。
    それでも私の思いは編集者にも伝わり、いい本を作っていただけた。
    手をかけていただいたおかげで、1500円台という破格の値段になった。
    装丁は社内でも好評だという。
    矢田堀は写真の通りの男前で、彼の雰囲気にふさわしい装丁になった。

    なぜ彼が歴史の中に埋もれたのか、鴻鵠の志とは何なのかは、
    もったいをつけるようで恐縮だが、どうか『群青』を読んでいただきたい。
    硬派な歴史小説だけに、今までの作品のように一気読みはできないかもしれないが、
    幕末好きには充分に読みごたえのある作品であり、
    読んだ後、矢田堀という人物に関して、きっと心に残るものがあると思う。

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    • 2017.10.13 Friday
    • 08:30
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      コメント
      『群青』の発売を楽しみに待ち続けておりましたが、
      いよいよ明後日なのですね!
      当日は本屋さんに走らせていただきます☆

      徳川海軍が好きな人にとって矢田堀だけが後世に
      あまり名が残らなかった事は大きな謎でした。
      しかしその謎を知るにはあまりに史料が少なく、
      ひたすらもったいない気がしておりました。
      植松さんの手で甦る矢田堀景蔵(鴻)に
      とても期待しております。

      ちょうど150年前の五カ国条約の頃の海外新聞でも
      ハンサムな男として名を馳せた矢田堀さんは
      まるで昔の映画俳優のように、
      写真もとても男前なのですね。
      あらためて惚れ直しました(笑)。
      日の目をみることのない人物を掘り下げることは、書き手の至極ですね。
      • 夢酔藤山
      • 2008/05/11 12:59 PM
      筆者の熱意がひしひしと伝わってきます。いい仕事をされましたね。それが世の中に公開されるのだから、作家冥利でしょう。苦労も報われます。よかったですね。
      • 鵜飼清
      • 2008/05/11 2:28 PM
      おひさしぶりです。父は4人兄弟の次男で、長男が原子物理学の教授なのは、もともと理科系だったのと当時戦争に行きたくない、行かせたくないというような理由。父は、経済だったので、学徒出陣のときに兵隊にとられ(という表現を昔の人はしますね)。ところが三男は陸軍幼年学校にはいり、陸軍の仕官になったそうで、終戦後に出兵して死んだそうです。その三男にひかれて、四男は兄貴が陸軍なら俺もは海軍と海軍兵学校へ進んだのですが、訓練中に終戦。その海軍だったおじは私や兄をとてもかわいがってくれたので、子供のころから話をしていました。そのおじは私が生まれるときにちょうど同居していて、誕生日が海軍の日だったことをとても喜んでいたそうです。そんなこともあって海軍にはなんとなく思い入れがあります。戦争反対、安保どうのという人たちの影で、海軍を好きだとあまり大きな声ではいえませんでしたが。戦争賛美ではなく、もちろんミリテリをたくという人々には反感をもちます。それでも、今、ドイツの国防大学で教えていることもあって、やはり「戦争」と「軍隊」のことは深刻に考えざるを得ません。明治初期はいま一番気になる時代でもあるので、ぜひ拝読させていただきたいと思います。
      • 白坂啓
      • 2008/05/11 2:49 PM
      酔人漫さんはまだ発売されていないのに半分読んだと昨夜中津の立ち飲みで聞きました。明後日を楽しみにしております。先生が大阪に来るときは絶対誘ってあげると先生のファンをひとり捕まえました。
      • 鐵五郎
      • 2008/05/11 11:31 PM
      ☆はな。さん
      幕末の幕臣は男前が多いけれど、中でも矢田堀は出色ですよね。

      ☆夢酔藤山さん
      これからも日の目を見ない人にスポットを当てたいと思っています。

      ☆鵜飼清さん
      この題材だけは、なんとしても本にしたいと思っていただけに、
      本当に作家冥利といえます。

      ☆白坂啓さん
      歴史小説は、どうしても右寄りになりがちなのですが、
      私はリベラルな歴史小説を書けないものかと、ずっと考えています。
      白坂さんのような方にこそ、読んでいただきたい作品です。

      ☆鐡五郎さん
      大阪湾のシーンも山場なので、ぜひ読んでみてください。
      • 三十里
      • 2008/05/12 3:21 AM
      矢田堀さんのことに限らず、一度ゆっくりお伺いしてみたいなと思っていたことを、書いて頂いたなと、ありがたい思いでおります。
      いろいろと、同じ想いに嬉しくも感じさせて頂きました。
      矢田堀景蔵さんは、それは嬉しく思って、より多くの方が読まれるよう、後押ししてくださるに違いありません。

      もうすぐの、ご出版の時を楽しみにしております。
      • 京雀
      • 2008/05/12 10:41 AM
      三十里さん、『群青』送っていただきありがとうございました。本日、読み終えました。心の中に響く、お話でした、軍艦奉行並の地位になったときに官名を讃岐守と名乗ったのが,塩飽の水主たちとのつながりが強く感じました。
      幕末から維新、明治はじめに、蒸気船に乗っていた多くの人々が色々な生き方を考えさせられました、おのれの意志を貫き生きた人や,その時の流れに流されていった人たち、今,水主の子孫捜しをする中で,多くの難しい課題があるのだと、考えさせられました。史実を一つ一つひもとく事が,良いつながりになればと思っております。
      ☆京雀さん
      先日、改めて矢田堀のお墓に行ってきました。
      自分の親のお墓より、まめにお墓参りしてます。

      ☆酔人漫さん
      その節は、大阪でいろいろご案内いただいたおかげで、
      いい取材ができました。
      感想、とてもうれしいです。ありがとうございます。
      • 三十里
      • 2008/05/13 8:14 AM
      すごい熱意が伝わります。
      いなかの本屋探し歩きます。
      • モカ
      • 2008/05/13 6:52 PM
      ☆モカさん
      都内の書店は今日配本と聞いていたけれど、
      まだ出ていませんでした。もう少し待ってね。
      • 三十里
      • 2008/05/13 11:20 PM
      今初めて「群青」のことをしりました。長いこと調べられた経緯をよませて頂いただけで身体が震えてきました。植松さんの熱情が、ひしひしと伝わってきます。女性が描く男性の姿を早く見たい。興味津々です。
      • 小梁川
      • 2008/05/14 5:14 PM
      ☆小梁川さん
      しばらく幕末の女性ものばかり書いていましたが、
      ひさしぶりに男っぽい作品です。
      読んでいただければ幸いです。
      • 三十里
      • 2008/05/19 12:13 AM
      16日(金)に新大阪で買いました。読んでま〜す。18日付けの朝日新聞の2面の広告みましたよ〜
      次回は野村沙知代さんみたいに写真入れてくださいよ〜
      ☆おじょもさん
      ありがとう。読んだら感想を聞かせてくださいね。
      私の写真なんか・・・。
      根が奥ゆかしいので・・・。
      • 三十里
      • 2008/05/20 8:49 AM
      「群青」一気に読みました。素晴らしい小説です。幕末ものは好きで、よく読みますが本書は最近では稀に見る作品だと思います。読み進むうち、景蔵の私的な部分では涙腺がゆるみ、公的な場面の会話では現代にそのまま当てはまり、新鮮に感じました。、久しぶりに読書の楽しみを味わいました。
      益々のご健筆を祈念致します。
      • ジーカンさん
      • 2008/05/29 2:58 PM
      ☆ジーカンさん
      こういう感想を聞くと、また頑張ろうという気持ちになります。
      ありがとうございます。
      • 三十里
      • 2008/05/31 6:30 AM
      "NU7"で書名が目に留まり、土居良三著のシリーズや「将軍の庭」などにはまっていた頃を思い出して、図書館で借りて読み終わりました。どちらかというと、ノンフィクションの方が好きなのですが、たいへん興味深く読ませていただきました。
      木村摂津守のおかげで福澤諭吉が伸びたように、矢田堀も人を育てた功績が大きいことが良く分かりました。
      • NOBI
      • 2016/06/30 1:21 PM
      古くて長いブログにコメントいただいて、ありがとうございます。久しぶりに自分でも、この日のブログを読んで、8年前だったんだなあと想い出しました。今後共よろしくお願いします。
      • 三十里
      • 2016/06/30 3:17 PM
      はじめまして。この度、群青を読む機会を得、感動しました。検索してこちらのブログを知りました。植松先生が取材された、矢田堀の子孫のK氏について、お尋ねしたいことがあります。ここに返信されると、個人情報ですので、いけないと思い、直接小生のメールにご連絡いただければ幸いです。実は、小生が所属しているある団体の会報に読書感想文のコーナーがあり、群青の感想を書こうと思っています。K氏というのは、多分この団体でかつて重要な役職をされていた方ではないかと推測しているのですが、それを確かめたいと思いまして、コメントした次第です。
      • 仙洞田
      • 2017/03/27 8:19 PM
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