新刊「大和維新」を書くまで

  • 2018.09.24 Monday
  • 19:47

 奈良県の法隆寺の近くに安堵町といって、全国で3番めに小さい町があります。明治維新以降、特筆すべき人物が3人、そんな小さな町から出ました。

 ひとりは幕末生まれの今村勤三。廃藩置県の後、大阪府に併合された奈良県を独立に導いた人物です。2人めは、その息子である今村荒男。伝染病の研究を経て、戦後最初の阪大総長になりました。3人目は荒男の親友だった富本憲吉。日本初の人間国宝になった陶芸家です。

 明治維新150年の今年、その3人を絡めた小説を書く作家はいないかと、安堵町から新潮社に依頼があり、さらに新潮社から私に打診がありました。3題小話のようで難しいオーダーだし、面白く描ける自信が持てなかったらお断りしようと思いつつ、とりあえず資料を読んでみました。すると今村勤三の行動力が圧倒的に面白く、彼を主人公に据えて息子とその友だちを絡めるという展開で、あらすじを書き、これでよければとお引き受けしました。

 それから編集者と一緒に安堵町に取材にでかけて、関係者にお目にかかり、現存する今村家と富本家の建物を拝見。さらにご子孫にも話を通して執筆にかかりました。

 今村勤三は天誅組の志士を師に持ち、13歳で天誅組の変に遭遇しており、その辺りのことは4年前に「志士の峠」を書いた際に把握していました。また今村勤三は一時期、故郷を離れて、四国のこんぴらさん近辺で鉄道の敷設に尽力したのですが、こんぴらさんへはデビュー作の「咸臨丸、サンフランシスコにて」関係で出かけたことがあり、とてつもない数の石段に閉口しました。さらに勤三は、奈良県独立の請願書を新技術の活版印刷で大量に用意して活動していますが、活版印刷については月刊誌の「WEDGE」で幕末明治の技術系の読み物を連載した時に、すでに調べてありました。

 一方、陶芸家だった富本憲吉はロンドン留学経験があり、その取材にも行くことができました。たまたま去年の年末から今年2月はじめまで渡欧する機会があって、ロンドンで暮らしていたと思われる下宿先と、彼が日参したという工芸の美術館も見て来ました。

 彼の主要な作品は、とりあえず美術書で確認し、その後、倉敷の大原美術館と、虎ノ門にある陶芸専門の智美術館で実物を見ました。どれも独特の細かい模様で、ひと目で富本憲吉のものとわかる作風。現代感覚でも「おしゃれで、かわいい」と感じられるし、若い世代にも高く価されてしかるべき陶芸家だと思いました。

 そんなこんなで書いたのが「大和維新」です。幕藩体制という地方分権から、明治政府の中央集権に変わったのが明治維新で、近年まで地方は置き去りにされがちでした。でも、そんな流れに抗った人たちがいたことを、この作品で読み取って頂ければ幸いです。

 主要な登場人物が関西弁をしゃべるせいか、個性的なキャラが立ちやすかった気がします。関西弁、すごいなと改めて感じた次第。

 写真は安堵町の町長室で拝見した富本憲吉の作品。彼ならではの細かい模様とは違いますが、興味のある方は「富本憲吉 作品」で画像検索してみてください。

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  • 2018.12.10 Monday
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