ケガレという意識

  • 2007.07.09 Monday
  • 04:07
久留米大学の講演で
私が「出産はケガレという意識があった」と簡単に話したら、
何人かの学生さんの感想文に
「出産が汚れていると考えられていたのは悲しい」というような意見があって、
これは説明不足だったかなと、ちょっと反省。

同じような話で、前回のブログに、友人が書き込みをしてくれた。
瀬戸内海の塩飽諸島では「神さまが嫌う」といって、
産前産後や生理中の女性たちは、特別な建物で過ごし、
そういう産屋が壊されずに残っている島もあるという。
塩飽諸島は船乗りの島であり、航海には危険がつきものなので、
特に縁起には、こだわりがあったのだろう。

船乗りは妻の出産時期には、船に乗れなかったという話も聞いたことがある。
これもケガレという理由なのだが、
要するに男の育児休暇ではないかなと、私は考えている。

宮仕えの女性は、やはりケガレの意識から、
生理中に仕事に出ることを禁じられたが、
これも生理休暇だったのだろうと思う。

学生さんの感想文に、
「昔は今のような生理用品がなかっただろうけれど、どう処理していたのだろう」
という質問もあった。

この件については、私も興味があり、
以前、けっこう調べたのだが、確実なことはわからなかった。
どうしても記録に残りにくい話なので。

ただ今のように手軽でなかったことは確かだし、
すたすた歩きまわることさえ難しかったかもしれない。
だからこそ生理休暇が必要だったのだと思う。

昔は仕事を休むなんて、とんでもないことだったから、
それなりの理由づけが必要だったのだろう。
そのために「神さまが嫌う」とか「ケガレ」とかいう言葉を使ったのかもしれない。

もちろん昔の育児休暇中に、男が育児を手伝ったかどうかは別問題ではあるけれど、
でも少なくとも妻の出産時期くらいは、家にいてやりたいと思うのが人情だろう。

ずいぶん前にテレビで放送していたことだが、
どこかの地方で、数年に一度、村の中に神さまが通る道筋があり、
そこに面した家々は、植木の手入れや水まわりをいじってはいけないと信じられ、
その時期は、公共の水道工事ができなくて困るのだという。

これも面白いと思った。
私のようなずぼら人間は、植木の手入れや水まわりの修理など、
面倒がって、先延ばしにしがちだが、
来年は神さまが通る年にあたるからと言われれば、
その前にすましておこうという気になる。
この迷信は、面倒を先送りにしないための、きっかけなのだと思う。

昔の迷信というのは、意外に合理的にできていたりするものだ。
出産や月のものの「ケガレ」という意識も、
単純に「汚れている」という意味とは、ちょっとちがうような気がする。
これは、あくまでも私の個人的見解ではあるけれど。

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  • 2018.11.13 Tuesday
  • 04:07
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    コメント
    禁忌には尤もらしい理由がありながらも
    「そのこころは」
    という事が鷹揚としてありますよね。
    男尊女卑な思想も江戸時代くらいから誕生したようなので、それ以前の生活は、想像もつかないスタイルだったと思います。
    • 夢酔藤山
    • 2007/07/09 5:52 AM
    なるほど〜〆( ̄  ̄*)

    食べ合わせや言い伝え・・・
    昔の人の知恵は感心する事ばかりですね。

    私も「ケガレ」と言われるのは心外だわ!と思っていた一人なので(´〜`;)ヾ

    毎度のことながら勉強になります♪
    • チロ
    • 2007/07/09 9:15 AM
    お休みの理由っていうと、なんだかすごくいいですね。
    • piporin
    • 2007/07/09 1:30 PM
    ハレとケガレについては、高校時代に友人間で、一種の流行りのように話題にした時期がありました。ハレは別にしても、ケガレについては、そのように触れることがないと、21世紀に入った今の学生さんには、耳新しい言葉かもしれません。
    私の暮らす京都は、ハレとケガレは比較的日常に生きているところといえます。神社に参拝する時、友人間で、今、大丈夫か…なんて話になりますし、この7月の祗園祭では、まさしくこのハレとケガレが生きています。
    • 2007/07/09 4:12 PM
    あ、すみません。上記の記名がなぜか消えてました。
    • 京雀
    • 2007/07/09 4:14 PM
    ☆夢酔藤山さん
    やっぱり、男尊女卑といえば鹿児島!
    江戸人はけっこうフェミニストみたいです。

    ☆チロさん
    そう考えると腹も立たないでしょ。

    ☆piporinさん
    お休みできるなら、ケガレでもヨゴレでも、なんでも来いだ!

    ☆京雀さん
    これはビックリ!
    神社のお参りまで生理中かどうか意識するなんて、さすが京都!
    • 三十里
    • 2007/07/09 9:41 PM
    先生、わざわざ別稿を起こして頂いてコメント下さり有り難うございます。迷信にはそれなりのワケがある、のですね。5月に帰ったときに仕入れた風習でこんなのがありました。医療の恵まれない昔の事です、男の子は早世が多く世継ぎが育たないというので長男が生まれるとすぐ四つ角に捨てるのです。それを拾った人が一旦引き取り数日後に親に返すという変わった風習です。勿論ジェスチャーであり示し合わせての事で、熊本の病院の様なことではありません。狭い島のことですから周りは皆、判ってのことでやっと長男が出来たので誰が親になってやるんじゃ、親戚のあんたがよかろうと段取りよく打ち合わせて行事みたいに執り行うのである。80過ぎの老婦人から三洋汽船の中で聞いた話です。
    • 鐵五郎
    • 2007/07/09 10:20 PM
    ☆鐡五郎さん
    捨て子は元気に育つって、昔は信じられてましたよね。捨てられてから拾われるまで、生き延びるだけの強靭な生命力を持ってたからなんでしょうね。大声で泣き続けなきゃ、拾ってもらえないし。弱い子は汰されちゃうから、捨て子は丈夫というイメージができたのかもしれない。
    咸臨丸の乗員だった佐々倉桐太郎が、江戸と浦賀を駕籠で行き来してて、途中で女の子の捨て子を拾って、自分の羽織でくるんで連れ帰り、家で育てたという逸話がありますよね。奥方はびっくりしたでしょうね。あんた、どこで、こんな子、つくったの?!って。
    • 三十里
    • 2007/07/10 9:34 PM
    「あんた、どこで、こんな子、つくったの?!」と言ったか言わなかったか昔のご婦人は事情も質さず亭主の考え通り従う、、、だったのでしょうか。凡そ離婚などとは言えなかったに違いない。勝海舟などとんでもないヤツに思える。(子孫の方、スミマセン)やはり、捨て子の風習にしてもそのようなワケがあったのですね。
    先般、麻疹がニュースになりましたが島の風習では赤い布に綿を入れ猿の人形を作って吊したり、そばや粟を袋に入れて吊す(傍を通っても遭わない)というのを聞いたことがありますが、吉村昭の小説「破船」の中に全く同じ光景が描かれていてびっくりしました。海岸で篝火を焚き難破船を呼び寄せ村総出で積み荷を奪う「お船様」に赤い褌や着物を付け猿の面をかぶった死人が乗っていた、村人は赤い布を奪い身につけるが次々と高熱を発し全身に発疹が表れやがて3分の1の村人が死ぬ。ひょっとすると赤い布と猿の面は瀬戸内だけじゃなく全国共通の麻疹封じだったのでしょうか。「赤い布と猿」のワケは何なんでしょう。
    • 鐵五郎
    • 2007/07/11 10:45 AM
    ☆鐡五郎さん
    コメントを途中まで読んで、これって吉村昭の小説と同じだと思ったら、
    ちゃんと、その話でしたね。
    赤い布と猿って、民俗学の分野ならわかるのかしら。
    興味深いです。
    • 三十里
    • 2007/07/11 7:02 PM
    ☆鐡五郎さん
    ネットで、ちょっと検索してみたところ、
    インドにハヌマンという猿の神さまがいて、赤い布をまとっているとか。
    インドから日本の津々浦々まで伝わったのかしら。
    • 三十里
    • 2007/07/11 7:12 PM
    なるほど、ハヌマンという猿の神さまですか、仏教とか坊さんを通じて全国に広まったと言う説は納得できそうですね。これなら日本だけじゃなくアジアの仏教国共通かも分かりませんね。ありがとうございました。
    • 鐵五郎
    • 2007/07/12 6:44 AM
    うちの92歳のおじいちゃんが
    若いときに、勤め先のご主人に気に入られて
    親戚のお嬢さんを嫁にもらうように言われたが
    見合いの最中に、その人の座っていたところに
    醤油をこぼしたようなあとがあり・・・??
    こんなだらしのない嫁は「いやだ〜!!」
    と思って、店を飛び出したことがあると言っていた。
    昔の人は、非常に苦労したのだと思うよね〜

    • モカ
    • 2007/07/13 11:13 PM
    ☆モカさん
    そうそう。昔の人は大変だったと思う。
    そういう失敗から、ケガレとみなされたのかもしれない。
    • 三十里
    • 2007/07/14 8:48 PM
    江戸時代の生理の処理の仕方について、渡辺多恵子さんのコミック「風光る」に記載されていました。参考文献についてもあとがきで紹介されていました。
    • 2007/08/31 11:27 PM
    タイトルに惹かれて、、、
    わたしも最近古本屋(岡山)で女性の生理・出産と穢れの意識を民俗学的な視点で書いた本を見つけて手に取った記憶があります。たしか、船乗りの例や畑の中に小屋を作ってとかそういう記述があったように記憶します(専門外なので、買わなかったのだけど)

    でも、育休、産休、あるいは、生理休暇との関連で考えると面白い。たとえば、カトリックは厳格とか勝手に思われているけど、要するに南方系の働かない人たちの宗教で、プロテスタント(カルバン派=スイスやルター派=ドイツなど)はアルプスの北の働き者の人たちの理念なんですよね。だから、一生懸命働いて、お金ためたり、利子を取ったりするのがどうして悪い!ってことになる。農業と商業の違いもあるだろうし、出産やセックスにたいして大らかなのも実は南の宗教で。

    って、つまり回り見ているとわたしもそうだけど、日曜日は働かない=働いちゃいけない、ってことで足並み揃えて休める。最近は土曜日も8時までお店があいているけど、土曜日はいいけど(サラリーマンなんかそうじゃないと何もできないから)日曜日はやっぱりぴったりお店が閉まっていてくれたほうが、らく。もうあきらめて仕事しないぞっていえるから。

    そこで、神様ひっぱりだして、「7日目は休むようにと命令されている」って言えば、もう大腕ふって休めるわけですね。
    • 白坂 啓
    • 2007/09/01 6:43 PM
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